2013年05月02日

Road to Oberstdorf その2 〜きっかけ〜

もともと、スケートをはじめたのは、健康のためでした。
遡ること7年前の2006年。ちょうどトリノ五輪の頃のお話です。



社会人5年目。不摂生な生活を送っていたダワは、病に伏していました。

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ダワ「ああ、あの最後の一葉が落ちる頃。。。」


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ダワ「私はきっと、、死んでしまうのね。。。」


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ダワ「ふぅ。。。。。」


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と、病床のベッドdeテレビをつけると、トリノオリンピックがやっていた。

そこに!

突然現れた、この子!






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ダワ「何この子!!!なんか、、、すごい!!!」


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そしてさらに現れたのがこの子!






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ダワ「何この子!!!なんだか、すごい!!!」


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パブクたんとミラたんから強烈なメッセージを受けとった僕は、




「い、今すぐリンクに行かなくては!!!!」



と使命感にかられ、


ぶーんとバイクをとばし、東伏見のリンクに行きました。
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そしたら!


寒!!



いやそうじゃなくて



滑るの楽しい!!



なにコレ!



楽しい!



スケート楽しい!!!



楽しい!!!




って思ってるうちに靴を買ってしまい、



楽しい!!!



って思ってるうちに神宮の教室に通いはじめ
(小山先生、一條先生には基礎を教わりました。ありがとうございました)



楽しい!!!



って思ってるうちに10キロ痩せて
(結局戻った)



楽しい!!!



って思ってるうちに、年越しスケートなんて行ってみたり



してるうちに



健康体になりました!

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スケートに出会ってなかったら、自分はもうきっと死んでたかもしれない。たとえ物理的に死んでなくても、精神的に死んだままだったかもしれない。そういう意味では、スケートに命を救われたといっても過言ではないのです。自分のスケートへの思いは、そういうところが原点なのです。


そして「『大人の趣味』というのは、大人が子供に戻れる時間だ」

と誰かが言っていましたが、
最初の数年はまさにそんな感じ、ただスケートの「スーっと滑っていく感覚が、楽しい」という気持ちだけで滑っていたと思います。

大人スケーターの大会、マスターズがあるとは知っていたけど、見たこともないし、
自分がまさか、大会に出るなんて、人前で踊るなんて、
思ってもみなかったのです。



つづく



posted by dawa at 01:07| コンペティション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする