2017年02月13日

サカスマスターズのこと その1

そもそも、自分がとても幸せなカタチでスケートができているのは、
周りの環境のおかげでもあります。

素晴らしい先生、たのしいリンクメイト、先輩、
Oberstdorfで会った大好きなSkating family.....

大人スタートでスケートをやるということは、
仕事、家庭、加齢、体型、病気..etcと、いろんな問題も出てきます。
でも、それぞれが、いろいろな事情を抱えながらも、
スケートが好き、楽しいという気持ちを大事にして
日本のどこか、世界のどこかで練習してるんだな〜と思うと、
とてもあたたかい気持ちになります。

大会に出ているアダルトスケーター同士にしかわからない、
あの、リンクにひとりぼっちという感覚を味わった人にしかわからない、
「シンパシー」のようなものが、絶対にあるのです。

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そんな「シンパシー」を抱く、素敵なリンクメイトの方から、2年くらい前に、
「みんなでグループパフォーマンスみたいなことやらない?」
という話を頂いて、みなさんと何か楽しいことができるなら喜んで、ということで、
参加させて頂くことになりました。

グループパフォーマンスで、いちばん最初に使った曲は「ボレロ」でした。
最初はリンク内の発表会など、内輪でやるだけだったし、
「センターで好きにやっていいよ」と言われたので、
指揮者になったり、サンタになったり、新体操のリボンを使ってみたり、
コートを脱いで上半身裸(正確には裸のプリントのシャツ)になったり、
本当に好き放題やっていました。
去年サカス杯で、賞を頂いたのも、その延長線上です。

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そして今年も何かやろうということになったのですが、
今回の曲が「蝶々夫人」だったのです。

ご存知だと思いますが、蝶々夫人ってとてもひどい話です。


●マダムバタフライあらすじ
蝶々さん、長崎に駐在するアメリカの軍人、ピンカートンに見初められる

結婚(いわゆる現地妻)

「じゃあね」と、ピンカートンはアメリカに帰国。

蝶々さんはピンカートンの子を出産。ピンカートンの帰りをひたすら待つ。

ピンカートンはアメリカで結婚。

蝶々さんは、ピンカートンの帰りをひたすら待つ。

3年後くらいにピンカートン、妻と来日。

蝶々さんに「子供をよこせ」と要求。

蝶々さん自殺。



救いようのないお話しです。ピンカートンひどいやつです。

そして、皆さんもご存じ、真央ちゃんも使っていた、
蝶々夫人の「ある晴れた日に」という曲は、とても切なく美しい曲です。

ボレロなら一定のリズムがあるし、勢いもある曲なのでノリでなんとかなりますが、
あの美しい曲調の中で、どんなパフォーマンスをすればいいのか?

自分は踊れないし、踊れない自分が真ん中に立ってただ舞う、なんて地獄です。
見せるも地獄、見せられるも地獄、まさに地獄絵図です。

でも、「ボレロ」の時のように、
何か奇抜なことをして盛り上げるような曲でもないのです。

想像してみてください。


「曲は蝶々夫人です。あなたはピンカートン役です。
 あなたは真ん中に立って、あなたの周りをみんなが群舞で踊ります。
 群舞に関しては、先生が素晴らしい振付をしてくださいました。
 あなたは何をやってもいいです。何をやるのか考えてください。」



ともし言われたら、何をしますか?

あの曲で、コートを脱いで上半身裸になれますか?(いや、なれない)←反語


ものすごい難問で、かなり悩みました。

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それでも、なんとか自分なりに知恵を振り絞って、

「これだったらストーリー的にも辻褄が合うし、お客さんを盛り上げることもできる」

というアイデアを考え、小道具も用意して、貸切練のリハ―サルで披露してみました。
このネタはちょっとヤバいかな?でもギリセーフかな?でも今しかできないしな?と思ってたのですが、


「今の時期にこれはヤバくない?」


ということになり、最終的には全面脚下になってしまいました。
(いつか披露するかもしれないのでその内容は伏せておきます)

ギリセーフどころか、ガチアウトだったのです。


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途方にくれました。じゃあどうすればいいんだ?


それが本番9日前のことです。



つづく




posted by dawa at 20:35| フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする